私の住む愛する街パリで起こった、悲しいできごと。
世界中を衝撃に包んだCharlie Hebdo社で起こったテロ事件は、
我が家から歩いてほんの5分の場所でした。
娘とよく通る歩道のとなり道。
家の窓の外ではものすごい数のパトカーと救急車の音が鳴り響き、
ニュースで流れる銃声に、恐ろしい気持ちで張り裂けそうでした。
翌朝の警官銃撃事件は、
自宅からパリを横断して離れた娘の幼稚園からすぐの場所。
パトカーの音に敏感になってる娘が
登園時に察知した直感があたり、またもや事件。
その翌日、その犯人が人質をとって立てこもっていた場所は、
私たちがいつも森へ行く時に使うメトロの駅前。
この日も自宅前にはたくさんのパトカーと救急車が行き交い、
ヘリコプターが飛び、同時に発生した二件の立てこもりに
街中が一斉に息をのみ見守った長くて重い数時間..
画面越しには、よく知った場所が映しだされ、
一瞬にして別世界になったいつもの街。
胸の鼓動が大きく響きわたる静かな空間。
容疑者を含む計20人の死という文字は、悲しかった。
全細胞で恐怖を感じた日。
生かされていることに心から感謝した日。
この世界には、こんなものより遥かに想像を絶するほど
凄惨な日々の中で生きている人がたくさんたくさんいる。
この世界には、こんなものより遥かに想像を絶するほど
凄惨な日々の中で生きている人がたくさんたくさんいる。
いつものなんでもない日々が
こんなにも平和でありがたいと想うと泣けてきた
その日は、私のお誕生日でした。
そして日曜日のパリ過去最大の反テロデモ。
我が家の裏の通りを、パリの人口の約8割の160万人もの人々が参列。
フランス全土では370万人。44カ国の首脳も集った大行進。
フランス中、世界中をひとつにしたスローガン、
『Je suis Charlie(私はシャルリー)』を掲げて集い、
一瞬にして大きなエネルギーとなった。
いつもはプライドの高い個人主義のフランス人が手をとりあった。
今やパリ中の役所も、バスの中も、掲示板も、広告塔も、国鉄も、
エッフェル塔も、凱旋門も、入るお店も、すれ違う人も、すべてがCharlie。
私はこの言葉が広がりはじめたときから違和感があった。
スローガンが指す『団結』という意味の中には
怒りや憎しみが入り交じり、闘争心を持っていて、
私はそれを人々が共有しあって膨らんでいくのが怖かった。
Charlieの死への悲しみから生まれた連帯の輪から、
平和や自由を願う気持ちから、
どうか、さらなる歪みや争いが生まれませんように..
小さな脳みそで、この数日間、
毎日いろんな記事を読んで、いっぱいいっぱい考えた。
毎日いろんな記事を読んで、いっぱいいっぱい考えた。
宗教の尊厳、 表現の自由、言論の自由、
あっちの話も分かる、こっちの話も分かる。
私は恥ずかしながら、フランスの表現の自由や
風刺画の歴史の知識がほとんどなかったので、
やっぱり日本人的な考えが響くことのほうが多いけど、
風刺画の歴史の知識がほとんどなかったので、
やっぱり日本人的な考えが響くことのほうが多いけど、
結局、答えがでない。正解も間違いもない。
人はみんな無垢な状態で生を受け、
そこから出逢ってきた環境、文化、思想、宗教、教育の中で
それぞれ育まれる価値観は、みんな違う。
Je suis Charlieの人、Je ne suis pas Charlieの人、
いろんな見解があって、いろんな主張があって、
みんな違って、みんなそれでいい。
容疑者も同じく彼らの環境の中で育んだ、彼らなりの表現手段が
悲しいことに暴力や武力で、彼らにとっては正しい道だった。
でも、世界のルールでは絶対に許されないこと。
そういう環境や事件を生んだのは地球上みんなの責任。
理解しあうことは難しいかもしれない。
被害者も加害者も、視点を変えれば、
どちらも英雄にもなるし、悪にもなる。
でも、お互い対立するのではなくて、戦うのではなくて、
尊重しあい、思いやりの心を持つことを忘れてはいけないと思う。
これは決して終わりではなく、はじまり。
私たちを目覚めさせ、この星を守るためのステップだと思う。
この事件について考えるすべての人に、
気づきや学び、そして課題を与えてくれた。
解決しなければいけないことが表面化された今、
ひとりひとりが愛を持って、許しの心を持つことが
さらなる地球の癒しと成長につながっていく。
考えの異なるすべての人が、同じ星の上で共存していくため。
イメージすることは簡単だけど。
親子喧嘩でさえ絶えない私なんかが言える立場ではないけど。
考えの異なるすべての人が、同じ星の上で共存していくため。
イメージすることは簡単だけど。
親子喧嘩でさえ絶えない私なんかが言える立場ではないけど。
まずは自分の中から、平和の気持ちを大切に、守っていこうと思います。
明日またなにが起こるか分からないこの街で
緊張でこわばる体と心、ぴりぴりした気持ちで過ごす日々の中、
祈ることは、ただひとつ。
明日またなにが起こるか分からないこの街で
緊張でこわばる体と心、ぴりぴりした気持ちで過ごす日々の中、
祈ることは、ただひとつ。
宗教や人種、思想を越えて、愛と調和に満ちた世界になりますよう。
この事件で亡くなられたすべての方のご冥福を心からお祈りいたします。
こんにちは。
返信削除以前、アレクサンドルさんのBio野菜の件でコメントさせていただいた者です。
我が家もCharlie Hebdo社から10分もかからないところです。
あれから一週間、わたしもいろんな方の書いたものを読むたび
どの意見にもうなずけるところがあり、自分の考えがはっきりまとまらないまま
ずっともやもやした気持ちを抱え続けていました。
ゆいさんの文章を読んで、僭越ながらわたしがこの一週間抱え続けているもやもやした気持ちを
わかりやすく、言葉を補って表現してくださっているような気がして
少し元気が出てきました。
書いてくださってありがとうございます。
ouiさま
削除メッセージありがとうございます。
ouiさまもお近くだったんですね..
本当にいろんな情報があって、もやもや板挟み状態ですが、
こんな時こそ自分の直感力を研ぎすませていこうと思います。
あれから、目を背けたくなるニュースが連鎖していて悲しいですが
とにかくこれを機に、ひとりひとりが向き合って
平和の心を持って、考え直すきっかけになったら..と思います。
事件以降、なんだかまわりの見ず知らずの人にさらに優しく接するようになりました。
「大変とは、大きく変わるチャンス」
その言葉を信じていこうと思います。
いつも繋がってくださりありがとうございます!