密かにちょっと憧れだった18ヶ月になった娘。
毎日、娘の体、心、存在すべてが、きらきらの分子でできてると感じる。
彼女が通った場所には、きらきらの粒が残る。
口から出てくる言葉たちは、きらきら輝いて飛ぶ。
きらきらの目をしてるのは、見えるものすべてがきらきらだから。
どんどん言葉が話せるようになって、私たちの言葉をまねっこの日々。
初めてのフランス語「ぼんじゅー!」も言えるようになった。
好き、嫌い、欲しい、いらない、の感情もはっきり伝えられるようになって、
自分の心から湧き出てくる、いろんな魔法も上手に使えるようになってきた。
いくつかの言葉を組み合わせたり、動詞を使って、みるみる言葉が文章になっていく。
どこかで音が鳴れば、
「ぷーって、いったー。どーんって、いったー。」
お父さんがいなくなると、
「おとー(お父さん)、どこどこだ。こっち、ここ!いたいた!」
蜂を見つけたら、
「ぶんぶん、いやいや~。こあい!ちあい(嫌い)!」
朝、プランターのハーブに、
「おはよー!はっぱ、にょーい(匂い)、くんくん。」
おやつの時間に、
「もも、ち。(桃、好き)」「ちーご、だーいっち!(苺、大好き)」
お父さんと公園から帰ってきて「なにして遊んだの?」と聞くと、
「しゅーって、したー!」(滑り台)
「ぱっかぱっかって、したー!」(お馬さん)
と目を輝かせて、一生懸命に答えてくれる姿に、私はうるうる。
私たちの話す言葉も、ほぼ理解できてる。
頭、おでこ、耳、目、鼻、ほっぺ、口、あご、手、お腹、おへそ、おしり、ひざ、足、
全部、分かる。
「ぼうし、こーと、ぱーか、しゃつ、じーぱん、ぱんつ、たいつ、くっく」
全部、言える。
「いっしょ」と言うのがブームで、
同じかたちのもの、同じ役割のもの、同じ色のものを見つけては、
神経衰弱のように嬉しそうに「いっしょ、いっしょ!」と言う。
私の靴下と自分の洋服、じっと見て「ぴんく!いっしょ!」
今まで以上に脳みそフル回転。
私たちもハッとさせられることが日常にいっぱい。
そして「ばいばい」というのが今の娘の心の成長のキーワード。
遊びたいのにもう遊べないとき、
食べたいのにもう食べれないとき、
一緒に居たいのに居られないとき、「ばいばい」と言ってさよならする。
大好きなDVDを観ていて、ご飯のしたくができて呼ぶと、
自分から「ばいばい」と手を振って、テーブルにつく。
どこかでぶつけたとき、転んで泣きそうになるときも、
私が「痛い痛いの飛んでけ~」と言うと、お空に「ばいばい」。
お父さんが仕事に行くとき、寂しくても「ばいばい」で笑顔になる。
自分の欲求をぐっとこらえて、手を振ることができるようになった。
諦める。切り替える。前に進む。理性の目覚め。
うんちが出るときもすぐに教えてくれるようになった。
「うんち、ばいばい」と言って、自分のおむつを持ってきて、寝そべる。
トイレトレーニングをそろそろ意識し始めたところなので、いい兆候。
まだ卒乳はしてないけど、歯も全部生え揃いそうだし、
もうそろそろ「おっぱい、ばいばい」だねって、私の膝の上で、きっとお互い思ってる。
「だんす!だんす!」と言いながら、両足合せてぴょんぴょんジャンプ。
お砂場では裸足になって、砂の中にもぐって両手で掻き分けて泳ぐ。
家の中でも外でもぐるぐる駆けまわりながら、おでこや鼻に擦り傷かさぶたくっつけて、
頭のてっぺんから爪先までのエネルギー全部使って、思いきり表現して遊ぶ。
そして私にお父さんに、「だーーーーいっち!(大好き)」とすり寄ってくる。
ある日、年上のお友達と遊んだあとから、珍しく機嫌が悪く、
なにかが気に食わない態度で、ぷんぷん怒っていた。
また私の腕の中でわんわん大泣きして感情をデトックス。心のお掃除。
まだ娘にはできない階段を駆け上がること、きれいにお絵描きやおりがみ、
上手にお話しすること、そんなことが羨ましくて悔しかったみたい。
気づくと、またちょうど新月の前日。
背中にちょこっと湿疹も出た。先月もそうだった。
妊娠中からお月さまの力に敏感な娘。
体も心も、きらきらでできてるから、子供はきらきらの月と本当に仲良し。
新月と共に浄化されて生まれ変わり、また体いっぱいに、きらきらを取り込んで満ちていく。
そんな娘といっしょにいると、
私もきらきらだったときのこと、思い出して、戻れる。
小さい頃はみんなそうだった。
娘の放つ波動と一体になると、同じきらきらの世界に吸い込まれる。
月や太陽、星のきらきらといっしょ、純粋に眩しい世界。
壊さぬように、そっとその世界を守って行きたいと思う。